2026年2月1日、石川県輪島市・曽々木海岸にて「希望の灯り」が点灯されました。
この灯りは、1995年に発生した阪神・淡路大震災の犠牲者と生き残った人々の「記憶」と「祈り」を継承するため、神戸から各地の被災地へ届けられているものです。
今回の分灯は、令和6年能登半島地震および豪雨により甚大な被害を受けた輪島市の人々への“希望”として届けられました。
「希望の灯り」とは?
「希望の灯り」は、阪神・淡路大震災で犠牲となった方々を追悼し、その記憶を未来に語り継ぐために神戸市内でともされ続けている火です。
この灯りは、単なる追悼ではなく、“生き残った人々の思い”や“再生への希望”を象徴する存在として、全国各地の被災地へと分けられてきました。
これまでに新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、台湾地震など多くの被災地へ届けられており、今回の能登・輪島で12か所目の分灯となります。

輪島市への分灯
2026年1月31日、神戸市内で行われた分灯式では、能登でボランティアを続けてきた西出梨乃さんらが「神戸の灯りが能登の支えになるように」と気持ちを込めました。
そして翌2月1日、曽々木海岸で点灯式が開催。
地震で崩落した観光名所「窓岩」の近くに設けられたガス灯に、希望の灯りがともされました。
NPO法人「阪神淡路大震災1・17希望の灯り」の代表・藤本真一さんは「1日でも長く灯りが続くことが、震災を忘れずつなぐ輪を広げることになる」と挨拶しました。
地元の曽々木自治会長・刀祢聡さんは「多くの人が寂しさを抱えていると思う。灯りがずっと私たちを照らし続けてほしい」と願いを語りました。
希望の灯りが広げる被災地支援の輪
「希望の灯り」は、ただの火ではありません。
それは震災の記憶を風化させない象徴であり、被災地と被災地を「希望」で結ぶリレーです。
過去には、新潟中越地震、東日本大震災、熊本地震、さらには台湾の地震被災地にも届けられてきました。
火を分けるという行為を通じて、「私たちはつながっている」というメッセージが日本全国、そして世界へと広がっています。
1つの灯りが持つ力が、心の支えとなり、未来への復興を後押しする──それが「希望の灯り」の本質です。
ネット上での反応と声
ネット上では、「希望の灯り」への共感や感動の声が多数寄せられています。
・「静かに灯る火に、深い祈りを感じた」
・「阪神淡路の教訓を、今こそ思い出すべき」
・「能登も神戸も、大切な場所。つながる気持ちが嬉しい」
・「今、自分にできる支援を考えたいと思った」
震災から月日が経つ中で、“忘れない”という意思表示が多くの人の心を動かしていることが分かります。

まとめ
今回の「希望の灯り」の分灯は、ただのセレモニーではありません。
それは、過去の教訓を未来につなぎ、今を生きる私たち1人1人が記憶と希望の担い手であるという強いメッセージです。
被災地を想い、支え合う心を絶やさないためにも、
そして次なる災害に備える防災意識を高めるためにも、
この灯りの意味を多くの人と共有し続けていくことが大切です。
※記事内の画像にはイメージが含まれてます。

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